生きる意味109 人生の名言集



『生きる意味109』に出てくる
歴史上の文学者、哲学者、心理学者、科学者、芸術家、政治家、
経営者などの偉人や天才、普通の人たち109の人生の名言を
抜き出してみました。
あなたは果たしてこれらの意外な言葉に
驚かずにいられるでしょうか?


はじめに
あなたは、何のために生きていますか?



われわれはいろいろなことをするが、なぜそうするのかは知らない。(アインシュタイン)

1章 あなたは今、幸せですか?




村に住む人びとの100人のうち
20人は栄養がじゅうぶんではなく
1人は死にそうなほどです
でも15人は太り過ぎです
75人は食べ物の蓄えがあり
雨露をしのぐところがあります
でも、あとの25人はそうではありません
17人は、きれいで安全な水を飲めません
銀行に預金があり
財布にお金があり
家のどこかに小銭が転がっている人は いちばん豊かな8人のうちの1人です
村人のうち
1人が大学の教育を受け
2人がコンピューターをもっています
けれど、14人は文字が読めません
『世界がもし100人の村だったら』



晩年になって、自分でも夢にも思わなかったほどの金持ちになっていた金持ち父さんは、何度もこう言った。
「お金はきみを幸せにはしない。金持ちになったら幸せになれるなどと決して考えるな」
(『金持ち父さんの子供はみんな天才』)


尊と無く卑と無く、貧と無く富と無く、少長・男女共に銭財を憂う。
有無同じく然り。憂き思適に等し。
田有れば田を憂え、宅有れば宅を憂う。
牛馬・六畜・奴婢・銭財・衣食・什物、また共にこれを憂う。
(『大無量寿経』)



お金だけで幸せになれるものではなく、お金自体は、
むしろ不幸を招くものかもしれません。 (弁理士)

「お金」「成功」も目的ではない。
一つのことに成功しても、何事かにまた挑戦 したくなる。 (証券会社 会社員)

「高収入=成功」ではない。時間(特に家族との)、
人間性の一部(労使の確執 などで)など、失うものが大きい。
細々とやっていた頃の方が、幸福感が大きか った。
できれば戻りたいと家族すべてが思っている。 (病院理事長、医師)

お金はパワーが形になった物と思っているので、
自分がそれに見合わなければ、かえってお金に潰されると思う。(医師)

株式公開したらセールスの電話がやたらと自宅にかかってくるようになった。
有名になるのも良し悪しだと思った。 (不動産会社 社長)

高額納税者名簿に載った次の年、いやがらせの電話がかかってきた。
寄付やセールスの電話も多くなり、警備会社と契約した。(保険セールス 自営業)
(『普通の人がこうして億万長者になった』本田健)


まずは生活するための満足水準を達成しなければならない。それが満たさ
れて初めて、(アメリカの学生たちのように)人生の意味や目的を見出す
という課題へ向かっていくのであろう。 (ヴィクトール・フランクル)

あなたは経験から知っているはずである。放浪の果てのどこにも、よい人
生は見つからなかったことを──それは論理のなかにも、富のなかにも、
栄光のなかにも、道楽のなかにもない。つまり、どこにもないのである。
(ローマ皇帝 マルクス・アウレリウス)



2章 私たちは、一体、何のために生きているのか



世の中の 娘が嫁と 花咲いて 嬶としぼんで 婆と散りゆく (一休)


門松は 冥土の旅の 一里塚 (一休)


人は生まれ、苦しみ、そして死ぬ。 (サマセット・モーム)


人身受け難し 今すでに受く。 (釈迦)

ただ見れば なんの苦もなき水鳥の 足にひまなき わが思いかな (水戸光圀)

幸福は幻にすぎないが、苦痛は現実である。 (ヴォルテール)

人間は、人生に見入ること深きほど、苦悩にも深く見入る。 (ニーチェ)


四方八方眺むれど ただ愁嘆の声のみぞ聞く。 (善導大師)


3章 生きる意味について、よくある七つの間違い




道が反対の方向に進みでもすれば、急ぐことすらその間の距離をいよいよ
大きくすることの原因になる。 (セネカ)

人生は 食て寝て起きて クソたれて 子は親となる 子は親となる(一休) 


なぜ、宇宙が「成長したい」と願うのかといえば、そこに理由などありません。
(飯田史彦『生きがいの創造』)


子孫を残すという生物本来の役割が終わっている以上、
「あなたは何のた めに生きているのですか?」と聞かれて、
「私は社会に役立つために生き ています」とはなかなか言えません。
現実にだんだんと役立たなくなるのですから、それでは答えにならない。
(『60歳からの「生きる意味」』)


ロッテは私を愛している! 私を愛している!──あのひとが私を愛してから、
自分が自分にとってどれほど価値あるものとなったことだろう。
(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』)

誤解を恐れずに言えば、「結婚」は人生の唯一にして最大の幸福です。
伊藤健太郎『男のための自分探し』


やっと想いをとげたとなると、戦争とか、死とか、病気とか、
きっとそんな邪魔がはいる──そうして、恋はたちまち消えてしまうのだ、
音のようにはかなく、影のようにすばやく......
そうなのだ、夢より短く......あの闇夜の稲妻よろしく、
一瞬、かっと天地の全貌を描きだしたかと思うと、
「見よ!」と言う間もあらばこそ、ふたたび暗黒のあぎとに呑みこまれてしまう、
それと同じだ、すばらしいものは、
すべてつかのまの命、たちまち滅び去る。 (シェイクスピア)

子どもを挫折した人生の目的に置き換えることはできない。われわれの人
生の空虚を満たすための材料ではない。 (シュテーケル)


露の世は つゆの世ながら さりながら (小林一茶)


自己実現は、人間の究極目的ではないし、第一の意図でもない。
(ヴィクトール・フランクル)

人生における使命を見失い、直接的、利己的、個人的に自己実現を求める
人は......実際には自己実現を達成できないというフランクルの考えに、私
の経験は一致している。 (マズロー)


芸術には決して完成するということはない。ただそこで終わりにしているだけだ。
(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

私は神と人類にそむいた。なぜなら本来果たすべき仕事を
やりとげられなかったからだ。 (レオナルド・ダ・ヴィンチ)


世間にどう映ったかは知らないが、私はただ、海辺でたわむれる子供のよ
うなもので、時折、普通よりなめらかな小石か、きれいな貝殻でも見つけ
て喜んでいたようなものだった......。眼前には到底未知の、真理の大海が
広がっている。 (ニュートン)


結局、私の生活は苦痛と重荷にすぎなかったし、七十五年の全生涯において、
真に幸福であったのは四週間とはなかった、とさえ断言できる。私の
生涯は、たえず転がり落ちるので永遠にもち上げてやらなければならぬ
岩のようなものでしかなかった。 (ゲーテ)


天があと十年、いや五年の命を与えてくれたなら
真に偉大な画家になれるのだが......。 (葛飾北斎)


自分の心が「事実の山をすりつぶして一般法則をしぼりだす機械か何か」
になった気がする。 (ダーウィン)

ビートルズは成功し、ツアーをやめ、欲しいだけの金や名声を手に入れ、
最後に、自分たちは何も手にしていないことに気づいた。(ジョン・レノン)



何よりも辛いのは、永遠に完成することがないということだ。「さあ、よ
く働いた。明日は安息日だ」と言える日は来ないのだ。 (ピカソ)


自己表現は精神を細分化するだけであり、それはどこにも到達しない。も
し何かに到達したような気分になったとすれば、それは錯覚である。人は
書かずにいられないから書くのだ。書くこと自体には効用もないし、それ
に付随する救いもない。 (村上春樹)


願望はその本性のうえからいって苦痛である。
その願望が達成されると今度はたちどころに飽きがくる。
目標は見せかけにすぎなかったからである。
所有は魅力を奪い去ってしまう。
そうするとまたしても願望や欲求が装いを新たにして
出現することになるであろう。(ショーペンハウアー)


いまやわたしは知った、芸術を偶像とも君主ともみなした
あの迷妄の情熱がいかに誤っていたかを。
人間にとってその欲望がいかに災厄の源泉であるかを。
(ミケランジェロ)


此後はただ生前の俳諧をわすれんとのみおもうはと、
かえすがえすくやみ申されし也 (松尾芭蕉)



人生はとるに足りない夢だ。いつかは消え去ってしまう……。(ナポレオン)


わたしは生きているのではなく、ただ草木のように存在しているだけだ
......わたしはもうこの世に何もすることがない。 (ヴェルディ)



私の人生は失敗に過ぎなかった。そして残されたなすべきことは、
私が消える前に自分の作品を壊すことだけだ。 (モネ)


すべて終わった。絵はわれわれが信じていたようなものではなかった。
それどころか正反対だった。(中略)
誰にも何の役にも立たないではないか。
絵、展覧会──それがいったい何になる? (ピカソ)


今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した。 (夏目漱石)


たしかにあなたが死んでも、あなたの思い出は、
しばらく他の人の心に残ることでしょう。
歴史に名を刻むような人物であれば、なおさらです。
しかしその幸運も永遠には続きません。
何と言っても、「人類はいつか、消えてなくなる」のですから。
(諸富祥彦『人生に意味はあるか』)


人間はただ電光・朝露の夢・幻の間の楽しみぞかし。 (蓮如上人)


いやしくもものを考えるほどの人間なら、成年に達して、
成熟した意識をもつようになると、しぜん、
自分が出口のないわなにでも落ちたように感じるものです。 (チェーホフ)


大命将に終らんとして悔懼交至る。 (大無量寿経)


真・仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す。
(『教行信証』親鸞聖人)


手段は完全になったというのに、肝心の目的がよくわからなくなった
というのが、この時代の特徴と言えるでしょう。 (アインシュタイン)


「自分のしている事が、自分の目的になっていないほど苦しい事はない」
とにいさんは言います。
「目的でなくっても方便になればいいじゃないか」
と私が言います。
「それは結構である。ある目的があればこそ、方便が定められるのだから」
とにいさんが答えます。 (『行人』夏目漱石)


にいさんの苦しむのは、にいさんが何をどうしても、それが目的にならな
いばかりでなく、方便にもならないと思うからです。ただ不安なのです。
従ってじっとしていられないのです。にいさんは落ち付いて寝ていられな
いから起きると言います。起きると、ただ起きていられないから歩くと言
います。歩くとただ歩いていられないから走ると言います。
すでに走け出した以上、どこまで行っても止まれないと言います。
止まれないばかりな らいいが刻一刻と速力を増してゆかなければならない
と言います。その極端を想像すると恐ろしいと言います。
冷や汗が出るように恐ろしいと言い ます。
こわくてこわくてたまらないと言います。 (『行人』夏目漱石)


深く探求すればするほど、知らなくてはならないことが見つかる。
人間の命が続く限り、常にそうだろうとわたしは思う。 (アインシュタイン)


いくつになってもわからないのが人生というものである。 (松下幸之助)

人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し。 (徳川家康)


4章 「生きる意味」は、一流の文学者、心理学者、哲学者でも分からない




この世界が何かしら「意味」をもつものであるかどうかということ、
更にこの世界のうちに生きることが果して意味あることであるかどうか
ということ──これに到ってはもとより論証の限りではない。
これらはすべて問題外とされるのである。(マックス・ウェーバー)

私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか
少しも見当が付かない。 (夏目漱石)


今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した。 (夏目漱石)


なんのためにこいつも生まれて来たのだろう?
この娑婆苦の充ち満ちた世界へ。 (芥川龍之介)


生まれて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、
よろこんでみとうございます。(中略)
僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、
それが全然わからないのです。 (太宰治)


人間は何の目的で生まれたのか。また何か目的があって自然は
人間を生まれるようにしたのか。僕にはそれはわからない。
(武者小路実篤『人生論』)


人生に目的はあるのか。私は、ないと思う。
何十年も考えつづけてきた末に、そう思うようになった。
(『人生の目的』五木寛之)


自分の生存の意義や目的を知ろうとしたって、なんにも教えられはしません。
教えられることといったら、どれも、つまらないばかげきったことばかりで、
いくらむちゅうになってたたいてみたところで──とびらは開かれは
しないのです。死が近づいてくるだけなのです。 (チェーホフ)


こんにちの労働者は、生活の毎日毎日を、同じ仕事に従事している。
その運命はシーシュポスに劣らず無意味だ。 (カミュ)

人間なんてうろちょろする影法師、あわれな役者だ、
自分の出番だけ舞台に出て、どたばたやるが、それっきり消えてしまう。
人生はうす馬鹿のた わごとさ、むやみに泣いたりわめくだけで
まるっきり無意味だ。(シェイクスピア)


これまでに何度となく、人生の目的は何かという問いが問われてきたが、
まだ満足できる回答を示した人はいない。 (フロイト)



絶対的な人生の意味を持っている者は誰もいない。 (アドラー)


ロゴセラピストといえども患者に、その意味がいったい何であるのかを告
げることはできない。 (ヴィクトール・フランクル)


我々に「ここに君が人生を捧げるに値する目標がある」などと教える者は
どこかにいるというわけではない。 (チクセントミハイ)


「神」は、たしかにというよりは「多分」存在するものであり、キリスト
教の柱である個人的な「神」の存在を信じる人は、ヨーロッパ人の38パ
ーセントにすぎず、祈りは有効で「ありうる」が、それ以上ではない。
(フレデリック・ルノワール『人類の宗教の歴史』)


人間の存在はぶきみであり、依然として意味がない。 (ニーチェ)

悠々たるかな天壌、
遼々たるかな古今、
五尺の小軀をもってこの大をはからんとす。
ホレーショの哲学ついに何らのオーソリチィーを価するものぞ。
万有の真相はただ一言にしてつくす。
曰く「不可解」。
我このうらみを懐いて煩悶、ついに死を決するに至る。 (藤村操『巌頭の感』)



人間は一つの無益な受難である。 (サルトル)


現存の哲学者であれ、過去の哲学者であれ、この観念(命に価値があること
──著者注)を説明できた人を私は知らない。 (フィリッパ・フット)


つまり、人生は単に無意味であるだけではなく、
不条理であるかもしれないのです。(トマス・ネーゲル)


難度の海を度する大船 (『教行信証』親鸞聖人)

5章 ハイデガー、ユング、 アインシュタイン......
二十世紀を代表する知識人が、仏教の素晴らしさに驚いている



天上天下 唯我独尊 三界皆苦 吾当安此 (釈迦)

仏教はキリスト教に比べれば、一〇〇倍くらい現実的です。
* *
仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と
言っていいでしょう。 (ニーチェ)


現在では原典の研究で明らかになったように、釈迦の根本的な教えは、
明晰かつシンプル、そして現代の思想に最も密接な調和を示す。
仏教は世界史上知られる最も透徹した知性の偉業であるということに
議論の余地はない。 (H・G・ウェルズ)

全世界にとって精神的な先駆者 (ユング)

仏教と西洋の出会いは、二十世紀のもっとも有意義な出来事である。
(トインビー)


もし私の理解が正しければ、これは私がすべての著作の中で言おうと
試みたことだ。 (ハイデガー)



仏教は、近代科学と両立可能な唯一の宗教である。
* *
現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとすれば、
それは「仏教」です。 (アインシュタイン)


6章 「幸せに二つある」ことを知らないから、


どんなに努力しても幸福になれない

しかしながら、あらゆる理性的存在者において現実にありと前提しうる
ひとつの目的がある。したがって理性的存在者が単にもちうるのでなく、
彼らは一人のこらず一種の自然必然性によって現にもっているときめて
かかって間違いないひとつの意図がある。それは幸福を求める意図である。
(カント)


人がまず最初に考える人生唯一の目的は、自分という一個人の幸福である。
(トルストイ)

幸福こそは究極的・自足的な或るものであり、われわれの行うところのあ
らゆることがらの目的であると見られる。 (アリストテレス)

すべての人間は幸福になることを求めている。このことには例外がない。
そのために用いる手段はいかに異なっていようとも、彼らはみなこの目的
に向かっている。(中略)
これは、あらゆる人間の、自ら首をくくろうとする人々にいたるまでの、
あらゆる行為の動機である。 (パスカル)


不幸になるのは何もむずかしくない。
ほんとうにむずかしいのは、幸福になることだ。(『アラン幸福論』)


もしも、あなたが栄光を望むなら、あなたはナポレオンをうらやむ
かもしれない。しかし、ナポレオンはカエサルをねたみ、
カエサルはアレクサンダーをねたみ、アレクサンダーはたぶん、
実在しなかったヘラクレスをねたんだことだろう。
したがって、あなたは、成功によるだけでねたみから逃れることは
できない。歴史や伝説の中には、いつもあなたよりももっと成功した人が
いるからである。 (『ラッセル幸福論』)

欲望を満足させる過程が同時に欲望をつくり出していく程度が
次第に大きくなる。 (『ゆたかな社会』ガルブレイス)


煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、万のこと皆もって、
そらごと・たわごと・真実あることなし。(『歎異抄』)


死自体を実感することのもたらす精神的な苦しみが、
いかに強烈なものであるか、これは、知らない人が多い。
いな、むしろ、平生は、それを知らないでいられるからこそ、
人間は幸福に生きていられるのである。
しかし、死に直面したときには、そうはいかない。
(『死を見つめる心』岸本英夫)


人間が、ふつうに、幸福と考えているものは、傷つきやすい、
みかけの幸福である場合が、多いようであります。
それが、本当に力強い幸福である かどうかは、それを、
死に直面した場合にたたせてみると、はっきりいたします。
たとえば、富とか、地位とか、名誉とかいう社会的条件は、
たしかに、幸福をつくり出している要素であります。
また、肉体の健康とか、知恵とか、本能とか、容貌の美しさ
というような個人的条件も、幸福をつくり出している
要素であります。
これが、人間の幸福にとって、重要な要素であることは、
まちがいはないのであります。だからこそ、みんなは、
富や美貌に あこがれるのでありまして、
それは、もっともなことであります。
しかし、もし、そうした外側の要素だけに、たよりきった心持でいると、
その幸福 は、やぶれやすいのであります。
そうした幸福を、自分の死と事実の前に たたせてみますと、
それが、はっきり、出てまいります。
今まで、輝かし くみえたものが、急に光りを失って、
色あせたものになってしまいます。
お金では、命は、買えない。
社会的地位は、死後の問題に、答えてはくれないのであります。
(『死を見つめる心』岸本英夫)


まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、
わが身には一つも相添うことあるべからず。
されば死出の山路のすえ、三塗の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ。
(蓮如上人『御文章』)

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 難波のことも 夢のまた夢
(豊臣秀吉)


7章 どんな人でも、 生死の一大事を解決すれば、
「絶対の幸福」になれる




死の問題は、すべての人生問題のうち最も重要なものである。
(『幸福論』ヒルティ)


百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。
戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。 (『孫子』)


生きているということは、じつはそれは死ぬことのたえざる阻止、
つまり死ぬことがそのたびごとに先へと延期されていることに
ほかならないのである。(中略)
一呼吸一呼吸がたえず押し寄せてくる死を防いでいる。われわれはこうい
う仕方で、刻一刻、死と闘っている。 (ショーペンハウアー)


死は前よりしもきたらず、かねて後にせまる。 (『徒然草』)


出息入息 不待命終 (釈迦)


ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。
(『枕草子』)


世人薄俗にして共に不急の事を諍う。 (大無量寿経)


生きることを学ぶことと、死ぬことを学ぶことは一つである。
(カール・ヤスパース)

死の問題を解決するというのが人生の一大事である。 (西田幾多郎)


慶ばしきかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如
来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。 (『教行信証』親鸞聖人)


大悲の願船に乗じて、光明の広海に浮かびぬれば、
至徳の風静かに、衆禍の波転ず。 (『教行信証』親鸞聖人)


今日、英訳を通じてはじめて東洋の聖者親鸞の歎異抄を読んだ。(中略)
もし十年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったら、
自分は ギリシャ・ラテン語の勉強もしなかった。
日本語を学び聖者の話しを聞い て、世界中に拡めることを
生きがいにしたであろう。遅かった。(ハイデガー)


死に臨む存在は、本質的に、不安である。 (ハイデガー)

おわりに



ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまる事なし。
(『方丈記』)

※出典は、『生きる意味109』に出ています。


さらに、『生きる意味109』の続きの話として、
この「生きる意味」を知る鍵となる

仏教に説かれる「苦悩の根元」を、

1冊の小冊子にまとめました。

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